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大阪市西区の魅力大発見

雑喉場魚市場跡 (西区江之子島1-8)

「雑喉場魚市場跡」の碑が建っている新なにわ筋の周辺一帯は、江戸時代には雑喉場町と呼ばれ、堂島東市場・天満青物市場とともに、近世大阪の三大市場と称された雑喉場魚市場があった。この地は古くは鷺島(さぎしま)といい、元和年間(1615-24)上魚屋町(現在中央区)の生魚商人らが、同地が川口に遠く魚荷の到着に不便であり、夏季には生魚の腐敗のおそれがあったため、漁船の出入りの便を考えて出張所を設けた所であった。そのため多数の魚仲仕らはこの付近に群居し、雑喉類(雑魚=小魚)を販売する者も集まって、鷺島の名は次第にすたれ、雑喉場と呼ばれるようになったという。その後雑喉場市場では、安永3年(1771)問屋株が免許されて、独占的地位が認められるようになり、昭和611月大阪市中央卸売市場に吸収合併されるまで活況を呈していた。