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大阪市西区の魅力大発見
和光寺 (西区北堀江3-7)
和光寺は、元禄11年(1698)堀江新地開発のとき、幕府の命により境内1800 坪を永代寺地と定められ、智善上人が善光寺(長野県)本尊出現の地として寺堂を建立し、蓮池山智善院和光寺と称したと伝える。『摂津名所図会大成』によると、江戸時代には本堂のほかに観音堂・普門堂・愛染堂・薬師堂・抹香地蔵(まっこうじぞう)・閻魔堂(えんまどう)・地蔵堂・金毘羅権現・鐘堂などを有する大寺で、境内の一隅阿弥陀池の中央には放光閣という宝塔があり、境内および周辺には講釈の寄席・浄瑠璃の席・大弓や揚弓・あやつり芝居・軽業の見世物や物売りの店が並び、毎年2月の涅槃会(ねはんえ)や4月の灌仏会(かんぶつえ)は、ことににぎやかであった。富くじの興行や植木市も有名であったが、『摂津名所図会』に「世の人寺号を唱へずして阿弥陀池とのみいふ」とあるように、阿弥陀池の名で知られ、講談・落語・演劇の題材として取り上げられている。池畔には其角の「仇なりと花に五戒のさくらかな」の句碑のほか、善光寺如来出現を伝える記念碑や、歌碑・句碑・慰霊碑・顕彰碑などが建てられている。










