居留地から始まった文明開化
嘉永6年ペリーの来航により、安政元年
日米和親条約、 同年5年日米通商条約が
結ばれ、続いてオランダ、ロシア 、イギリス、
フランスとも同様の条約が結ばれ、外国人
がビジネス を行い、かつ家屋を求めて
居留できる開港と、ビジネスはできるが、 居留出来ない開市が、定められ当初(慶応3年)
大阪は開市に とどまったが、新政府の方針が江戸遷都の方向へ傾いたことで 開港する事とし、
川口運上所を開設、外国人居留地を整備して、慶応4年大阪港を開港した。
大阪港の重要性は極めて高いと考えた時の大阪府渡辺昇知事 は江之子島に西方の海に
向け大阪府庁舎を建てた。
明治7年に開かれた大阪府庁、大正15年に
中央区大手町に 移転するまで大阪の政治の
中心となっていた。
前に見える木津川橋は、明治18年の
淀川洪水で流失した 木橋に変わり、
このような鉄橋へと 生まれ変わった。
市制特例廃止に伴い、府庁舎から独立、
初代市庁舎が 同じく江之子島に建て
られた。 建物に掲げられた「みおつくし」
は、大阪市の市章として
明治27年に制定。
江之子島の大阪府庁の南側に建設された
大阪府警察本部。前面は木津川で小船の
行き来している様子がうかがえる。
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