文明開化の門戸となった川口居留地
川口波止場と居留地は道路も舗装され、
ハイカラな洋館が立ち並び、貿易商人を
中心に約50人の外国人が暮らすように
なり、文明開花の門戸として急速な西洋
化でにぎわいました。(ガス灯、ランプ、
ホテル、洋食、パン、牛乳、ラムネ、カフェ
メリヤス、等様々なものがここから始まりました。
川向こうに見えるのが、府庁舎手前に走る市電が、
当時の雰囲気をかもし出している。
ところが川口波止場は、水深が浅く大型船の出入りに
不便と言うことで外国船の入港がどんどん減り、居留地
からも商人が去っていきました。跡地にできたのが、キリスト教会を中心に学校、幼稚園、病院
等が設けられた。大阪の女子教育のさきがけとなる
女学校がたくさん生まれた。
ホテルを改造し、京都の平安女学院の前身照暗女学校
が、明治12年に移ってきた。
明治17年大阪女学院の前身ウィルミナ女学校が開校
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